90th 90th
model

創りつづけてきたのは、
未来でした。

1930

50K

国産建機の歴史を紐解くと、
辿り着く一台。

現代社会の開発・発展において欠かすことのできない
パワーショベルやクレーン。
その歴史を紐解けば、1台の建機に行き着く。
それが1930 年に国産初の建機として開発されたパワーショベル50Kだ。
株式の大暴落、関東大震災などの社会問題により
経営の危機に瀕していた神戸製鋼で、
会社再建の重責を担いその開発は始まった。

「日本の技術の発展のために」。
その強い思いが成功へと導いた。

技術も実績もない中で商談は幾度にもわたり難航を極めたが、
最後は「日本の技術発展の重要性」を強く説くことで
1台の契約を取り付けることに成功した。
だが、全てが初めてのことばかり。
現場調査のスケッチからはじめ、試行錯誤の上1年かけて設計図面が完成。
そこから当時の加工技術や溶接技術に創意工夫を重ね、
ついの1台のパワーショベルを完成させた。

日本の建設機械史上に
打ち立てた金字塔。

1930年の春、完成したパワーショベルが現場に持ち込まれ、
稼働試験にこぎつけた。
試験開始から3ヶ月後には、現場から高い評価を得ることができた。
こうして国産パワーショベル第1号機の開発は見事に成功を収め、
日本建設機械史上に金字塔を打ち立てた。
その建機は、神戸製鋼所のイニシャルKから、50Kと命名された。

1932

120K

新たに学んだ
建機を創る技術の奥深さ。

50Kの高い評価により、1932年には120Kの注文が入った。
50Kの経験で開発は容易に思われたが次々と難題が噴出。
表土のオイルシェールを直掘りするために、
モーターへの負荷が急激に増大し、それに十分耐え得る物が必要だった。
問題の発生箇所を一つ一つ解決し、
最後には現場で安心して使っていただけるレベルまでに。
それは建機の奥深さを知る大きな経験となった。

1932

120K

1934

200K

当時の設備では考えられない
超大型機へのチャレンジ。

120Kの完成から間もない1934年には200Kを開発。
それは、自重350トン、バケット容量4m³、最大掘削高さ21m、
最大掘削半径25mという当時の設備からすれば、
考えられないほどの大型の機械であった。
この超大型機の開発にも臆することなく果敢にチャレンジし、
成功を収めた。

1934

200K

〜2020

挑戦の歴史

今もコベルコ建機に
引き継がれる進取の精神。

このようにコベルコのショベル、クレーンの源泉となった
50K、120K、200Kの開発から国産建機の歴史は始まった。
それは現在のコベルコ建機へと脈々と受け継がれている、
挑戦の歴史の始まりでもあった。
コベルコ建機は、それぞれの時代で求められる新しい技術にチャレンジし、
数々の『国産初』『世界初』の製品を生み出してきた。
「初めてをカタチにする」、その挑戦に終わりはない。

〜2020

挑戦の歴史

挑戦の歴史
挑戦の歴史
挑戦の歴史
挑戦の歴史
挑戦の歴史
挑戦の歴史
挑戦の歴史