コベルコ建設機械ニュース

Vol.251Jan.2021

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特集2021年の業界俯瞰図
PART 1

2021年、土木・建設業界はどこに向かうのか?

高度成長期から半世紀を経たインフラの再整備や、新しい時代を見据えた再開発。さらに、防災や減災の視点を取り入れ、災害に強いまちづくりを目指す国土強靱化の波など、土木・建設業界が果たすべき役割はますます拡大している。そんな社会的要請への大変革が求められている今後の業界展望について、建設ITジャーナリストの家入龍太さんに話を聞いた。

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株式会社イエイリ・ラボ 代表取締役、
中小企業診断士、1級土木施工管理技士。

家入龍太

BIMや3D-CAD、情報化施工などの導入で、生産性向上、地球環境保全、国際化など、建設業の経営課題解決のための情報を「一歩先の視点」で発信し続ける。

「コロナ禍」をチャンスに
転じる視点を

「くしくも、世界を席巻するコロナ禍が、業務改革を加速させています」と家入さんは指摘し、こう続ける。

「もちろん、コロナ禍自体は不幸なことです。しかし、オフィスワーカーの間では、“3密”を避ける必要性から、テレワークやオンライン会議などが推進され、従来のビジネススタイルのなかでシェイプアップすべき課題が浮き彫りになりました。例えば長時間の会議や通勤・出張などの移動に関わる時間やコスト、さらにオフィス空間の維持・管理負荷などです」

こうした社会背景の下、「少ない人数でより大きな仕事をこなそうという機運が生まれたことは、土木・建設業界としても歓迎すべき趨勢」だと、家入さんは力説する。というのも、労働力人口の減少が続く昨今、多くの人手を要し、高度な熟練度や経験が求められる土木・建設業界は、人材の高齢化や若手の確保、技術承継が大きな課題となっていたからだ。

「コロナ禍を契機とする生産性向上に対する機運の高まりや、より働きやすい環境の整備、さらに人的介在を減らすことによる安全性確保などは、業界が抱えていた課題解決のきっかけとなるものです。それは、積極的な取り組みによって、社員のやりがいやモチベーションをアップさせるのと同時に、経営効率や利益向上にも直結する施策となり得ることを、あらためてはっきりと認識する必要があります」

また、下段に例示したように、土木・建設業界で加速する働き方改革を支え、すぐに活用できるツールやアプリも、次々と登場している。

ICT化は「導入・活用する」
段階から“儲ける”時代へ

家入さんは、「土木・建設業界の懸案課題に対する最大の解決策は、ICTの活用です」と断言する。

国土交通省が2016年から推進してきた「i-Construction」も、徐々に浸透してきた。同省が20年6月に発表したプレスリリースによれば、対象工事の拡大が図られ、道路改良工事や河川改修工事の大部分で、ICT活用を見据えた積算や技術基準の整備が進んでいるという。19年度の国土交通省発注直轄工事では、対象工事の約8割でICT施工が実施され、土工における延べ作業時間が約3割縮減するなどの効果も生まれている。

その一方で、各地域の中小企業ではまだ十分に普及が進んでおらず、「新しい時代への変化に対応するための準備が必要」だと、家入さんは警鐘を鳴らす。

そんななか、中小規模の企業でも、先見の明からいち早い導入を図り、すでに確かな成果を上げている事例が次々と報告されている。

「3D-CADなどによる上流の3D設計データを、下流工程の施工や監理フェーズにまで持ち回して活用するICT化は、導入段階からそれを使って“儲ける”時代へと移行しつつあります。例えば、4~5名のオペレータを抱える総勢20人規模のある会社では、トップダウンによる大英断で3D施工に対応したショベルを4台、新規導入しました。作道しながら進む作業の安全性確保や正確な法面整形など、従来多くの経験やノウハウ、熟練度が求められていた林道工事に投入したことにより、工期圧縮や人員の削減、それらに伴うコストなどを含め、生産性を飛躍的に高めることに成功しています」

ICT施工の実施状況

「実施件数」は、契約済工事におけるICTの取組予定(協議中)を含む件数を集計。
複数工種を含む工事が存在するため、合計欄には重複を除いた工事件数を記載。
出典:国土交通省 ICT導入協議会 第6回 ICT活用工事の現状分析より

  • 「密」を避け、遠隔での朝礼を可能にする
    『朝礼アプリ』

    土木建設の施工現場では、朝礼や打ち合わせなどで、関係者同士の対面接触が求められるケースが多い。『朝礼アプリ』(大林道路)は、朝礼をスマートフォン上で行うことができる。各自が画面上で現場写真や図面などを共有しながら、作業指示や安全指示を遠隔で確認し、関係者同士の意思疎通を支援する。現在、今後のコミュニケーションの進化に向けて、さらなる機能の追加が進められている。

  • 土木・建設業の生産性支援クラウドサービス
    『Photoruction』

    現場の状態や施工指示図面など、工事の進行に伴って画像情報は増え、その整理・管理に多くの時間と労力を割かれてきた。『Photoruction』は建設業の生産性と品質向上を目的とした施工管理アプリ。必要な情報をクラウド上に保存し、すべてを一元管理。関係者間でリアルタイムに伝達・共有することで、手戻りも排除できる。複数の案件を一括管理でき、バックオフィスの生産性向上にも貢献する。

  • 3D点群データのオープンサイト
    『Shizuoka Point Cloud DB』

    今、国土交通省や各自治体が、災害に備えた国土強靱化の一環として、各地域の3D点群データを蓄積している。特に静岡県は、全国に先駆けて県内の3D点群データを無料で公開するオープンデータサイト『Shizuoka Point Cloud DB』を開設。津波や河川の浸水想定やICT施工の資料などに役立てる目的で公開している。これらを上手く活用できれば、より効率的な情報化施工が可能になるだろう。

  • 拡張現実で建機の進入性などを事前検証する
    『Place3D』

    家具や什器を3Dモデル化し、室内空間に設置した場合の調和などを検討するBIM(Building Information Modeling)のAR(拡張現実)アプリがさらに進化。設置シミュレーションARアプリ『Place3D』(エム・ソフト)として登場した。複数の3DモデルやBIMモデルを現実空間に配置して確認可能なため、現場への建機進入や狭所などでのクレーン作業のブーム干渉などを事前に試行できる。

経営力と働き方を考える
土木・建設業界のDX戦略とは

目下、インフラ分野においても、デジタル技術の活用で、業務プロセスや組織、さらに企業文化・風土を変革しようというDX(デジタルトランスフォーメーション)の機運が高まっている。DXの目的は、単純に人の仕事をICTで置き換える合理化や効率化にとどまらない。つまり、生産性や収益性向上とともに、従業員に働く幸福感や喜び、働きがいなどをもたらすものでなければ、意味がないのだ。こうした従業員満足は、顧客満足や企業パワーとなって返ってくるはずである。

土木・建設業界がより働きやすい環境整備や生産性向上、安全確保を実現する方法の一つとして挙げられるのが、遠隔操作だ。経験や熟練度を問わず、オフィスや自宅から離れた現場のマシンに指令を与える遠隔操作にとって、5Gの通信パワーはロボットやAIの活用とともに強力な追い風となる。

「5Gは、点群データや位置情報データ、画像データ、3D設計データなどの重たい情報を扱う『大容量』、リアルタイム操作を支援する『低遅延』、さらに同時に複数の建機がつながる『多数同時接続』が特長。その意味では、遠隔操作や自動運転の実現に必要不可欠な要素です」

とはいえ、商用サービスが開始されて間もない5Gが、そのまま遠隔操作の基盤として即座に活用できるとは限らない。

「例えば河川や山林など、建設機械が活躍する現場は、通信キャリアが提供する5Gサービスの圏外となるケースも少なくないからです。そこで、通信キャリアに依存することなく、現場ごとに数キロメートル四方の範囲で5Gの高速・大容量、低遅延、多数同時接続の安定した通信環境を、自営網として運用する『ローカル5G』の活用も考えられます」

また家入さんは「今後、建設業界は工業化に向かっていく」と予測する。現在、すでにコンクリート型枠を現地で築かずに、事前に3Dプリンタで形成して現地に持ち込み、そのまま生コンクリートを流し込むといった施策も始まっている。さらに、マリオットホテルがニューヨークで進めているように、工場で製作した客室を現場で組み立てるモジュラー・コンストラクションも、一般化していくだろう。

「一方、発注側でもオンライン会議やライブ映像配信などの技術を駆使して、居ながらにして複数の現場の立会検査を行う『遠隔臨場』を推進し、『現場・実地』から『非接触・リモート』への転換を進めています。これからは、受発注者が一体となったICT戦略の推進が、より加速していくでしょう。『時代の転換期こそ成長への好機』ととらえ、大きなビジネスチャンスをつかむ企業体制を今から準備しておくことこそが、明日を勝ち抜くための秘訣です」

※工場でホテルや寮などの部屋を丸ごと製作し、現場で積むだけで高層ビルを建設する工法

インフラ分野のDXで実現するもの 国民・業界・職員 行政手続きの迅速化や暮らしにおけるサービス向上の実現 危険・苦渋作業からの開放により、安全で快適な労働環境を実現 インフラのデジタル化検査や点検、管理の高度化を実現 在宅勤務や遠隔による災害支援など新たな働き方を実現

国土交通省 第2回国土交通省インフラ分野のDX推進本部 資料1をもとに編集室で作成

太田利之= 取材・文 text by Toshiyuki Ota