コベルコ建設機械ニュース

Vol.251Jan.2021

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歴史的建造物誕生の秘密を探る!

青函トンネル[青森県・北海道]
海峡貫く、
世紀の工事。

構想から40年以上を経て1964年に着工。数々の難工事を乗り越え、
1988年3月に海底部23.3km、総延長53.85kmという当時世界一の長さを誇った青函トンネルは誕生した。
完成から28年後の2016年3月には、悲願であった北海道新幹線(新青森ー新函館北斗間)が開業。
本州から陸路で北海道入りすることが当たり前になった今、あらためてこの世紀のトンネル工事を振り返る。

体験坑道のルートにある斜坑と作業坑の合流点。斜坑はさらに地下の先進導坑とも接続する

斜度14度の勾配で地中へ続くトンネルを、ケーブルカーがゆっくりと進んでいく。青森県外ヶ浜(そとがはま)町の青函トンネル記念館に併設された竜飛斜坑(たっぴしゃこう)線を昇降するこの観光用のケーブルカーは、現在、青函トンネルに降り立つことができる唯一の手段だ。地上の記念館駅から距離にして778m、高低差で約200mを7分ほどかけて下ると体験坑道駅に到着。地下坑道の一部は、そのまま見学コースになっていた。ところで青函トンネル内には北海道新幹線が通っているはずだが……。

1本ではなかった青函トンネル

「北海道新幹線と貨物列車が共用走行する『本坑』は体験坑道から約400m先にあり、一般の立ち入りはできません。実は、今ケーブルカーで降りて来た斜坑も人や資材が出入りするための青函トンネルの一部。この体験坑道も、本坑と並行して掘られ、現在も保守点検のために機能する『作業坑』と呼ばれる青函トンネルの一部です」(青函トンネル記念館館長の工藤幸治さん)

本坑と作業坑は約600mおきに横坑で結ばれ、ほかにも換気のための立坑がある。体験坑道からさらに500m下層、青函トンネルの最深部には『先進導坑』と呼ばれるトンネルもある。本坑や作業坑に先駆けて掘られたもので、現在は排水や換気に使われている。この先進導坑は、本坑や作業坑と並ぶ青函トンネルの主要坑道。先進導坑では新しい技術や機械などが試され、掘削で得られた地盤状況などの情報は次に掘り進める作業坑の工事に活かされた。最後に着手する本坑の段階では、一通り試行錯誤が済んでいるため工事は効率的に進んだ。工事後も、先進導坑や作業坑などそれぞれ役割を持った複数のトンネルが、新幹線が通る本坑を支えることで青函トンネルは成立している。

北海道新幹線の走行ルートと青函トンネル

イラスト:北海道新幹線の走行ルートと青函トンネル

青函トンネルは、青森県今別町から北海道知内(しりうち)町まで延びる総延長53.85kmの海底鉄道トンネル。海底区間は23.3kmで、海底トンネルとしては世界第2位の長さを誇る(1位は英仏海峡トンネルの37.9km)

青函トンネルの構造

イラスト:青函トンネルの構造

本州と北海道を結ぶトンネルは全部で3本。先進導坑、作業坑、本坑の順で掘り進められた(JR北海道の資料をもとに編集室で作成)

「三種の神器」が確立

青函トンネルは、1958年に開通した3461mの関門(かんもん)トンネル(山口県下関市—福岡県北九州市)に次ぐ国内2例目となる海底トンネル工事だったが、その規模から実現は不可能という人もいた。開業までに24年を要したが、その間にさまざまな技術がここで改良され発展していった。代表的な三つの技術は「三種の神器」などと呼ばれる。

神器の一つ目は「先進ボーリング」。本格的なトンネル工事に入る前に掘り進む掘削面に、小さな孔をあけて地質を調べる技術だ。それまで90m程度先までだったものが、青函トンネルでは常時1km先の調査が可能になった。1981年には2150mという世界記録(当時)を樹立している。

先進ボーリングで得た情報をもとに掘削計画を調整し、岩盤に流し込む注入剤の割合を判断した。二つ目の技術がこの「地盤注入」だ。青函トンネルでは、トンネル径の3〜5倍の範囲に届くよう、斜め前方に放射状にあけた無数の細い孔へ薬品入りのセメントを注入。地盤をしっかりと固め、水の浸入を防いでから掘削を行った。鉛筆で例えるなら、芯の部分が掘り進めるトンネルで、周りの木材が地盤注入で固められた部分となる。

掘った直後の壁面のゆるみや崩れを防いだのが三つ目の技術「吹き付けコンクリート」。壁にコンクリートを吹き付け、急速に固めて表面を覆い尽くした。

着工時には確立されていなかったこうした技術は、日々の経験や努力の積み重ねで精度が高まり、以後、海底部の工事には欠かせない技術となった。

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ボランティアガイドの角谷敏雄さん。当時最新の掘削機械だったトンネルボーリングマシンとともに(写真提供:青函トンネル記念館/北海道福島町)

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1980年の本坑貫通の様子。本坑は高さ7.85m、幅9.7mで3階建てのビルがすっぽり入る大きさ(写真提供:鉄道・運輸機構)

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青函トンネルは津軽海峡の真下を通っている。対岸には北海道の陸地がはっきりと見える(青森県竜飛崎から)

過酷な環境下で稼働中

先進ボーリング技術の発達で地盤状況は予測しやすくなったが、想定外の圧力が引き起こす大規模出水(しゅっすい)が工事を中断することは何度かあった。

1964年の青函トンネルの着工時から現場で携わり、現在は北海道福島町の青函トンネル記念館でボランティアガイドをしている角谷敏雄さんは、トンネル内で起きた大規模な出水のことを今も鮮明に思い出すという。

「掘削中に水が大量にたまっていそうな場所に近づくと、金属製のタライを叩くようなゴーンという不気味な音が岩盤の奥の方から響いてくる。この『ヤマ鳴り』がすると、出水でトンネルが押しつぶされないよう急いで丸太を組んで穴を支えます」

ヤマ鳴りは次第に大きくなり、タイミングを見計らって作業員は持ち場を離れる。時を経ずして水と土砂が一気に噴き出すと、1mおきにしっかり組んだはずの丸太がマッチ棒をへし折るように押しつぶされる。こうなるとだまって様子をうかがうしかない。ポンプで排水し続けながら、出水が落ち着くのを待つのだ。復旧まで1年近くかかる出水もあり、ただでさえ高温多湿という厳しい環境のなか、常に人間の忍耐力が試される現場だったと角谷さんは当時を振り返る。

トンネル内には現在も絶え間なく水が浸み出している。青森県の竜飛崎(たっぴざき)だけでも毎分10t近くの水が湧くと、説明があった。海底トンネルの維持に排水は不可欠で、青函トンネルでは計3カ所の排水設備のほか予備ポンプや非常用発電機を完備。不測の事態に備えて、先進導坑に一時的に水をためることで約3日間の復旧作業時間を確保する体制を整えている。海底部に湧く水には塩分が含まれ、放置すると塩害で設備の劣化が早まるため、常に気を配る必要がある。

水以外にも長大なトンネルであるがゆえの苦労も多い。通常、新幹線の線路では設備保守の作業時間が深夜帯で1日に6時間ほど確保されるが、夜間も貨物列車が走行する青函トンネルで確保できる時間はせいぜい2時間半程度。調整して4時間確保できる日も作ったが、それでも不足しているため、関係機関と協議し必要な間合いを確保している。また、青函トンネルは新幹線史上初めて新幹線と在来線が同一の線路を使う構造のため、2本の在来線用レールの片側に新幹線用のレールを1本付け足した、三線軌条(さんせんきじょう)という特別な線路が採用されている。部品数が多く、通常の線路では問題にならない程度のわずかな部品のズレでも輸送障害につながる可能性があり、この保守作業にも莫大な時間を要する。

北海道新幹線開通から間もなく5年になるが、青函トンネルは完成から30年以上が経過。過酷な環境下で稼働するトンネル本体に加えて設備の老朽化も進む。JR北海道では定期的に行っているメンテナンスに加えて、適切な時期に大規模な修繕を行い、トンネルの延命化を図るとしている。

2017年には日本イコモス国内委員会による「日本の20世紀遺産20選」の一つに青函トンネルが選ばれた。現役のインフラとして人や物を運び続けている限り、青函トンネルが海底トンネルとして初めての世界遺産に選定される日が訪れるかもしれない。

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ケーブルカーの先は、実際に工事作業で使われた地下坑道。現在その一部が「体験坑道」の見学コースになっている(写真提供:青函トンネル記念館/青森県外ヶ浜町)

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坑道の一角にはトンネル工事で使われた道具や機械などを展示

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トンネル内の変形状態を調べるために年に一度、内空変位の計測を行う。長大なため、すべてを計測するだけで1カ月以上を要する(写真提供:鉄道・運輸機構)

青函トンネルでは現在、1日あたり新幹線が26本、貨物列車40本が通行する

砂山幹博= 取材・文 田中勝明= 撮影 text by Mikihiro Sunayama /
photographs by Katsuaki Tanaka