コベルコ建設機械ニュース

Vol.256Apr.2022

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特集土木・建設業界の新たな可能性を探る

特別鼎談

土木・建設業界の
新たな可能性を探る

いま、土木・建設業界では、ICT施工の急速な普及をキーとしながら、
ドラスティックな技術革新と働き方改革が進行している。

未曾有の改革期を迎えた土木・建設業界はどこへ向かうのか……。

新年度のスタートを機に、国土交通省の各種委員会でも活躍する立命館大学教授の建山和由さんを迎え、
コベルコ建機で広島大学との産学連携に携わる山﨑洋一郎、田中精一と、
土木・建設業界が向かうべき道や姿勢、心構えについて語り合ってもらった。

  • 建山和由さん

    建山和由さん

    工学博士
    立命館大学
    総合科学技術研究機構 教授

    京都大学工学部土木工学科卒業、京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了。京都大学工学部助手、講師、助教授、立命館大学理工学部教授を経て、2021年まで学校法人立命館常務理事。地盤車両系国際学会(ISTVS)会長、土木学会建設用ロボット委員会委員長、建設ロボット研究協議会会長、日本建設機械施工協会副会長、国土交通省i-Construction委員会委員、同ICT導入協議会議長などを歴任

    著書:『最新建設施工学―ロボット化・システム化』(共著)、朝倉書店(1994)、『建設工事における環境保全技術』(共著)、地盤工学会(2009)、『土の締固め』(共著)、地盤工学会(2012)など多数

  • 山﨑洋一郎

    山﨑洋一郎

    執行役員
    企画本部 新事業推進部 部長 兼
    ICT推進部 担当部長
    広島大学大学院 先進理工系科学研究科
    客員教授

    1992年神戸製鋼所入社、99年コベルコ建機へ転籍。グローバルエンジニアリングセンター・要素開発部長、技術開発本部・先端技術開発部長、企画本部・新事業推進部長などを経て2020年から現職。18年より広島大学大学院 工学研究科客員教授、20年より広島大学大学院先進理工系科学研究科客員教授

    広島大学での研究テーマ:コベルコ建機夢源力共創研究所(広島大学とコベルコ建機の産学連携事業)にて、「創造性に富んだ先進的かつ卓越した研究成果を創出」し、それらを油圧ショベルに実装することで社会の課題解決や産業の進歩、学問と教育の進展を目指す

  • 田中精一

    田中精一

    企画本部 新事業推進部
    新事業企画グループ長
    広島大学 学術・社会連携室 客員教授

    1992年コベルコ建機入社。技術管理グループ特許担当、GEC企画部知的財産グループマネージャ、同・知的財産グループ長などを経て、2019年より現職。16年より広島大学客員教授(学術・社会連携室)

    広島大学での役割:産学連携の仕組みの構築等に関与し、コベルコ建機夢源力共創研究所では、設立時の制度設計から大学側の規定制定のサポート、組織構成や運用までハンドリング、他の大学との共同研究についても契約交渉、契約、その他窓口的役割を担う

時代のニーズへの解決策としてのICT戦略

遠隔操作のデモンストレーション

K-DIVE CONCEPTによる遠隔操作のデモンストレーション

建山:
少子高齢化社会が進展するなかで、今後ますます労働人口の減少が加速化していきます。すでに製造業では、自動化やロボットとの協働、さらに無人化などの施策が進んでいるのはご存じの通りです。一方で、土木・建設業界はやや後れをとりましたが、ここにきて3次元のデジタルデータを測量・設計などの上流工程から施工~運用・管理に至る下流工程まで一気通貫させることで、現場の安全確保や省力化、生産性・施工精度向上などを実現しようというICT化が進行。遠隔操作や自動化、さらに無人化へと舵を切り始めました。こうした流れに対する、コベルコ建機の現状を教えてください。
山﨑:
当社は2018年に、「誰でも働ける現場へ KOBELCO IoT」というコンセプトを掲げ、中長期的なR&D戦略を描き、推進してきました。その1つである『K-DIVE CONCEPT』は、操作する人や場所、時間などの縛りから解放されたテレワーク化を築こうというものです。都市にいながら全国の現場の仕事ができるため、時間やロケーションに制約されず、女性や障がい者の活躍機会の拡大や、作業内容に最適なオペレータをマッチングするなどの動きも可能にするものです。
田中:
例えばクレーンはつり荷の荷重によりブームにたわみが生じますが、これはクレーン操作時のオペレータの経験や、施工計画時の施工計画者の熟練度、経験によってカバーされています。現在、建築設計向けBIM(Building Information Modeling)ソフトウェア「Revit※1(AUTODESK※2社)」にアドインする施工シミュレーション用ソフトウェア『K-D2 Planner』の開発を進めています。これは、クレーンとつり荷の位置を指定するだけで、コンピュータ上にクレーンの姿勢を表現でき、また作業半径や負荷率、接地圧など施工計画に必要な情報の表示、さらにブームのたわみ量も視覚的に表現されます。施工の計画や管理にICTを活用することで、経験や熟練度に頼ることなく、効率的に、安全で最適な施工の実現に貢献します。
山﨑:
私たちは、ICT化のなかでも操縦の楽しさや喜びは残していきたいと思っています。また自動化といっても、単に人の作業を代替させるのではなく、目指すべきは「そこで生まれた時間や労力を、より人間にしかできない仕事に活用。さらに高次の価値を生み出し、仕事自体を楽しんでいく」という“コトづくり”だと考えています。
建山:
私は、建機の操縦資格試験に関する委員会にも参加していますが、受講者数は年々減少傾向にあり、合格率も低下しています。たしかに、ICTの力で建機の操作自体を、より安全かつ魅力的で楽しいものにしていくことで、若い世代の関心を喚起することができそうですね。その結果として、業界の将来を託す人材採用にもつながるのではないかと思います。

※1※2 Revit、AUTODESKはAUTODESK社の商標です

自動倉庫型ピッキングシステム

スモールスタートで早い取り組みを

シミュレーションソフト

施工計画に貢献する建機メーカならではのシミュレーションソフト

山﨑:
すでに国交省直轄工事の約8割がICT施工化されている一方で、民間工事や小規模施工ではICT化がなかなか進まない、という現状があります。
建山:
その背景には「ROI(Return On Investment:投資収益率)を考えると、情報化に向かうメリットが実感できない」という意識があるのだと思います。
田中:
一気に大きな投資を進めなくても、例えば「まず自社ができるところから着手してみる」といったスモールスタートを切って、ICTに向かう体勢やノウハウを醸成していく方法もありますね。
建山:
その通りです。例えば、ドローンなどで計測した測量データをスマートフォン経由で外部のクラウドに送信。再度その分析結果を手元に戻してくれるというWebサービスも登場しています。これなら特別な知識もいらず、測量の内製化が図れます。最近はドローンも安価になっていますので、より高精度な測量が低コストで迅速に実現できます。
山﨑:
スモールスタートという意味では、CADデータにもとづいて施工を行うICT建機も、まずはレンタルで試しに使っていただければ、その操作性や効果が理解できるはずです。それを踏まえた上で、自社の事業計画や収益プランを見据えながら、最適なタイミングで本格導入を図り、さらに飛躍的な生産性向上を目指すことが得策だと思います。
田中:
K-DIVEK-D2 Plannerをお客様に展開していくにあたっては、お客様との価値共創を前提として、体験を通して価値を実感いただくという、ユーザエクスペリエンス(UX)にもとづいた活動を進めています。
建山:
大前提として「ICTは目的ではなく、あくまでも手段であり、ビジネスのゴールに向かうためのツールである」という認識が大切です。その上で「自分の会社は、今後なにを目指すのか。そのためにどんな情報化を進めるのか」を社内全体で議論し、意思統一を図る。そんな文化の醸成やベクトル合わせが成功の鍵だと思います。いずれにしても、ICT化に向かう意識改革は、これまで3Kと揶揄されてきた状況から脱却して、『安全に・楽して・儲ける』という発想の転換がポイントとなります。
自動倉庫型ピッキングシステム

あらゆる人へ仕事の可能性を広げる建設現場のテレワーク化を目指すシステム

コア業務を見極めたリソースの集中投下

遠隔操作のデモンストレーション
山﨑:
『安全に・楽して・儲ける』の実現には、すべてを自社で抱え込むのではなく「自社にしかできない仕事」を選別し、外部と連携しながら自社の人的リソースをより有効に投入する必要もありそうですね。
建山:
おっしゃる通りです。自社のビジネスのなかでコアとなる業務、つまり「より価値を生む仕事」を見極め、そこに注力するべきなのです。例えば、愛知県のある屋根瓦施工会社では、ドローンで屋根を計測し、CADで必要な瓦の枚数の算出やレイアウト設計を実施。そのデータに沿って、コーナー部のカット作業などを事前に進めておくことで、自社のリソースを「瓦を組み上げる」というコア業務に集中させました。
田中:
熟練技術を必要としない、前工程での瓦の必要枚数算出や、カットなどに関わる仕事をICT化して、非コア業務の負荷軽減を図ったわけですね。
建山:
現場には、あらかじめ必要枚数がカウントされ、カットが施された瓦が搬入されるので、職人はすぐに瓦を組むという本来の業務に専念できます。ところが、メジャーなCADソフトは海外製品が多く、UIやマニュアルも英語なんですね。そこで、CADプロセスは、英語が公用語で人件費の面でもメリットがあるフィリピンにアウトソーシングすることで、精度向上とスピードアップ、コストダウンを実現しています。さらに、CADデータにもとづく瓦のプレカットを地域の障がい者の人たちにお願いすることで、新たな雇用を生み出すことにも成功しています。
田中:
とはいえ、社内にICTを推進できる人材がいない、という悩みを抱える企業も多いのではないでしょうか。
建山:
先ほど申し上げた、『安全に・楽して・儲ける』ためにICT化を図るという全社的な意思統一ができていれば、実際に旗を振る人材は社内に1人いればよいのです。当然、その役目は若手に白羽の矢が立ちそうですが、目下世代交代期にある会社も多いと思います。そこで新社長自身がリーダーとなり、トップダウンでこれを推進すれば、よりスムーズな戦力化が図れるでしょう。

明日を見据えてボーダレスな輪を広げよう

遠隔操作のデモンストレーション
田中:
いま、道路や下水道、河川、橋梁など、完成から半世紀を経過した公共インフラが一斉に老朽化し始め、随所でトラブルが起きています。この対応も焦眉の課題ですね。
建山:
まさに、市町村レベルの自治体が頭を痛めている課題です。一方、2005年に10万5000人いた市町村の土木担当職員は、18年には9万人まで減少。維持管理・更新業務を担当する職員数が5人以下という自治体も多く、国交省の17年の調査では、技術系職員がいない市町村の割合は約3割におよんでいます。ここでも民間活力の導入が求められるようになるでしょう。
山﨑:
自然災害への備えなどの意味からも、業界が10年先を見据えた視点で事業継続計画を策定し、若い人材の採用を図らなければいけませんね。ICT化で従来の労働集約的な働き方が変われば、新しい分野の仕事も生まれます。旧来の業界とは異なる分野の人たちの参加も、積極的に募りたいところです。
建山:
いま、ローカルの建設事案改革支援に関して、建機レンタル事業者と連携し、中小規模の建設工事の効率化を支援する取り組みを進めています。ここでは、土木・建設はもとより、情報通信やAI、人間工学や感性工学、脳科学、さらに心理学などの人文科学分野を含めた広範かつ学際的な知見を動員した体系化が必要になってきます。さらに、自治体経営を巡るさまざまな業界との連携も不可欠で、まさにボーダレスなスクラムが求められています。そこでの連携のハブになっていくべき存在が、大学であると認識しています。お二方は産業人として大学でも教鞭をとっておられるので、産学の架け橋役はもちろん、新時代の土木・建設業界の魅力を若い世代に啓蒙する役割においても、大いにご活躍を期待しています。
田中:
本日は貴重なお話をありがとうございました。
山﨑:
いただいた数々のご示唆を踏まえ、土木・建設業界の発展に向けた継続的な価値提供を進めていきたいと思います。
自動倉庫型ピッキングシステム
  • 太田利之= 取材・文 text by Toshiyuki Ota
  • 三浦伸一= 撮影 photographs by Shinichi Miura