少子高齢化と人口減少の狭間で・・・
更新費用は「毎年9兆円」という試算も!
東洋大学経済学部教授
根本祐二さん
1954年鹿児島生まれ。78年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行(日本政策投資銀行)入行。経済企画庁、米国ブルッキングス研究所、開銀設備投資研究所研究員、地域企画部長を経て2006年から現職。金融マンとしての経験と人脈を活かし産業や地域の再生を専門にしている。内閣府、国土交通省、東京都などの委員会委員多数
集中的なインフラの
更新時期を迎えて
現在、私たちが利用しているインフラの大部分は、高度経済成長期以降の1970年代に集中的に築かれたものだ。完成から半世紀近くが経過する2020年代には、老朽化のためにその機能を維持する根本的な再整備が求められることになる。
「製造業では生産設備や機械などの導入に際して、投資利益率はもちろん、耐用年数や減価償却、更新時期を念頭に置いた一貫性のある設備計画が進められてきたはずです。これに対して高度経済成長期に築かれた社会インフラは、必ずしも地域や自治体、国家全体を鳥瞰的に捉えた『百年の計』にもとづいて進められたわけではありません。それが、今日随所で顕在化し始めている問題を招いているのです」
今後の社会インフラの再整備には、莫大な予算が必要。根本さんの試算によれば、現在のインフラを同規模で維持し続けるためには、更新費用だけでも毎年約9兆円の予算が必要だという。ところが、多くの自治体にとってその費用捻出は困難に。さらに、加速度的に進む人口減少や高齢化、それに伴う税収の減少といった問題が追い打ちをかける。根本さんは「限られた資金のなかで従来通りのインフラを維持することは、もはや不可能」と警鐘を鳴らす。
参考:2018 年国土交通省「インフラ長寿命化とデータ利活用に向けた取組」より
インフラの性格を
再吟味する視点
この危機的状況から脱却するための策として根本さんが提唱するのが、「省インフラ」という考え方だ。大幅に削減できるものとそうでないものといったインフラの性格を正しく見極めることで、インフラの数を減らしていくというものである。
- 公共施設
庁舎や学校、図書館、市民会館といった公共施設においては、公と民が連携することでサービスの質や機能を維持しながら、建物自体は大胆に減らすべきだと根本さんは主張する。
「少子化が進むなか、小規模な小中学校が増えることで、教員の専門性低下などが懸念されています。積極的に統廃合を行い、各校を適正な規模に戻すことが大切です。廃校施設は民間の知恵を駆使してコールセンターや宿泊施設、起業支援施設などに転用し、存続校はコストをかけて完璧なものにする。学校には、体育館や調理室、美術室、理科室、音楽室など地域の文化活動や生涯教育に活かせる設備が整っています。放課後や週末は地域に開放し、町づくりの拠点にするといった施策も考えられます」
さらに、根本さんは「デリバリー」によるサービスの提供も考えている。「図書館の建物自体がなくても移動図書館なら読みたい人に読みたい本を届けることが可能です。また、大病院がなくてもドクターが訪問診療をすれば地域の医療ニーズもカバーできます」
- 土木インフラ
一方で、土木インフラは交通やライフラインといった社会機能に直結しているため、安易な削減はできない。とはいえ、公共施設と同様に代替プランを適用することもできるという。
「土木インフラを考える場合にも、現状と同等の効果をもたらすサービスはほかにないだろうかと見回す姿勢が重要。例えば、大規模な公共下水道にこだわらず、一定の地域や集落単位に分散して排水処理を行う合併処理浄化槽を設置することで、土木インフラの費用を効果的に回すことができます」
明日を先見した眼差しで
ICTの活用を
地域全体を見渡した計画の成功例として、富山県富山市における学校統廃合が挙げられる。同市は、2008年に市内中心部の小学校7校を2校に統合。そのうち1校はPFIを導入し、小中一貫校として新築。また廃校跡地の一部は、地域包括ケア拠点として活用を図り、民間の学校法人やスポーツクラブを誘致。「にぎわい」の創出による地域活性化にも貢献している
※1 Public Private Partnershipの略。公共施設などの建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力および技術的能力を活用して行う手法 ※2 Private Finance Initiativeの略。公共施設などの設計、建設、維持管理、運営に民間の資金とノウハウを活用し、公共サービスの提供を民間主導で行い、効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図るという考え方 提供:富山市
さらに根本さんは、ICTを活用することで、物理的なインフラに依存しなくても、従来と同様もしくはそれ以上に高品質なサービスを提供する環境を生み出すことができると期待を寄せる。デジタル化された書籍コンテンツ情報をWeb経由で提供する電子図書館や、地域医療機関と大学病院を結んだ遠隔医療、双方向通信できめ細かい指導を受けることができるeラーニング…。これらの実現には、より広帯域・低遅延の通信を実現する5Gの普及も追い風になっていくはずだ。
「AIなどの急激な進歩を背景に、これまで存在しなかった新しいバーチャルな公共サービスが生み出されていくことでしょう」と根本さんは語る。そしてここにこそ、民間の知見や技術、資源を積極的に活用する意義がある。
「特にインフラ構築を担う土木・建設業界では、障害が発生してからではなく、トラブルの芽を事前に察知して大事に至る前に動く、予防保全的なニーズが高まっていきます。そこには新たなビジネスチャンスが生まれるはず。耐震性や耐災害性を備えた長寿命化を進める一方で、堅牢性を保ちながら、技術の進歩や需要の変化に応じて容易に解体できる技術の追求も必要です」
人材確保や技術継承の問題が指摘される土木・建設業界では、目下情報化施工が進められている。ドローンによる地形把握や空間スキャナの点群データを活用した迅速で正確な測量を、3D-CADと連動させたICT施工。さらに、非接触型の地中レーダーを活用すれば、「実際に掘ってみるまで正確な見積もりが難しい」解体分野のビジネス改革も進むはずだ。
根本さんは「新しい時代に対応したICT化への対応はこの10年が勝負」と語る。次代を見据えた眼差しでインフラを見直し、今後急激な加速が予想されるICTの波に乗り遅れることなく、変化をチャンスに転じる世界観をもつことこそが、勝ち残りの鍵だ。