KOBELCO
コベルコ建機
TALK SESSION. 1

四川大地震からの復興 2/3:復興支援の最前線から

災害からの復興に建機は欠かせない。しかし山間にある被災地への持ち込みは危険が伴い、稼働環境も過酷だ。
ショベルの被災地支援を縁の下で支えた社員たちに現場の話を聞いた。

左から:神鋼建機(中国)有限公司 AS本部 技術部 技術課 徐聰、AS本部 部品部 部品企画販売課 程晏偉、営業本部 営業業務部 製品管理課 将超

1,000km離れた東部も揺れた

― 地震のときには、どこで何をしていましたか。

徐:私は杭州(上海から南西150km)でサービスを担当していました。事務所で仕事をしていたら揺れたので、すぐにインターネットで調べたんですが、ショックでした。

程:同じくサービスマンとして、石家庄(北京から南西200km)の現場で機械のデータを取っていました。地震とは気づきませんでしたが、少し揺れました。事務所に戻ってニュースを見て初めて知ったんです。とても現実とは思えませんでした。

将:私は成都の営業本部で物流管理をしていました。地震が起きたときは建物の中にいたのですが、かなり揺れたのでみんな慌てて建物の外に避難。怖かったですね。会社は3日間休業して、5月15日から再開しました。

ショベルを被災現場へ

営業本部 営業業務部 製品管理課 将超

― 皆さんの担当した災害支援を教えてください。

将:再開翌日の16日にはコベルコ建機グループの最初の支援として、SK260とホイールローダを寄贈しました。私はそれを被災地まで届ける役目でした。さらに、寄贈ではないのですが、政府からミニショベル17台の注文がありました。被災地は山間部だったため、土砂崩れや道路の崩壊で大型ショベルを持って行けない場所も多く、小さい機械が多く必要だったんです。5月20日に成都からの出荷分13台を、責任者として運送しました。

徐:残りの4台は上海から持っていったんですが、出荷手続きを私が担当しました。

― 被災地へ運ぶために、通常とは違うことがありましたか。

将:運送車7台にショベルを2台ずつ載せて、前後に誘導車をつけた計9台の車列を組みました。通常、中国ではショベルの運送に誘導車をつけないのですが、道路の状況も分からず危険なので、前後ともにつけて、先導を私が務めました。

― サービスの支援はどうでしたか。

程:5月20日に各地から成都にサービスマンが集められたんです。会社はそれまでに、被災エリアにある187台全てのショベルの状況を調査していて、エリアごとにサービスマンが2人1組で派遣されました。私も部品や道具をサービスカーに押し込んで、現地に行きました。地震で壊れた機械の修理やメンテナンスの後も、そのまま現場に泊り込んで、復旧活動を続ける建機をサポート。3ヶ月くらいテント暮らしでしたね。

徐:私は販売代理店のサービスマンと一緒に被災地に行きました。瓦礫の撤去や、人の救援、道路の修復など、ショベルはとにかくフル稼働です。建機が動かなくなったら、その場所の復旧作業がストップしてしまうので、私たちも必死でした。

寄贈された油圧ショベルの整列写真。
ショベルの点検を行う様子。

過酷な環境で稼働するショベル

神鋼建機(中国)有限公司 AS本部 技術部 技術課 徐聰

― 通常の故障やトラブルと違うのはどんなところですか。

程:地震による故障は、物が倒れてきたり、ぶつかってきたような損傷が目立ちました。ホースが潰れるなど普通あまりないのですが、このときはたくさん見ました。

徐:被災地で活躍中の建機は、震災後の特殊な環境の中で休みなく稼働しているので、ダメージを受けているものが多かったですね。しかし、とにかく動かしたいから、無茶な使い方をしてしまいます。燃料も不足していたので、粗悪なものを使っていました。オイルは真っ黒でドロドロ、ホースのシールも傷んで油漏れしたり。瓦礫や土の埃がすごいので、フィルターもすぐに詰まります。

将:壊れるかもしれない使い方でも、動かすしかないんですよね。私がショベルを運んだときも、途中の道が半壊状態で、そばに建機が待機して、昼夜問わず壊れるたびに直していました。

徐:みんな気持ちは同じ。私たちも「一刻も早く」を一番に考えて修理していました。

地震により倒壊した建物と瓦礫の山。
瓦礫の撤去作業を行う青い油圧ショベル。

危険と隣り合わせの支援

AS本部 部品部 部品企画販売課 程晏偉

― 危険や大変なことがありましたか。

徐:ダムの亀裂や土砂崩れの多発で、堰止め湖が決壊しそうだったんです。日を追うごとに水位がぐんぐん増して、地域によっては人が避難しました。その近くにも現場がありましたから、不安はありました。

程:あちこちで道路が寸断されているので、車は途中までしか行けず、そこから歩いて現場に行くというケースもたくさんあったのですが、修理を終えて車まで戻るときに土砂崩れで道が通れなくなって車にたどり着けず、20kmくらい歩いたことがあります。余震も多くて道路が使えないことはしょっちゅうでしたね。あとは、蚊の多さに悩まされました(笑)。

― 道路が通れないと、ショベルの運送も危険がありそうです。

将:がけ崩れなどの危険はあったものの、幸い巻き込まれることはなかったです。ただ予想以上に時間はかかりましたね。ミニショベルを運んだ場所は成都から200kmくらいで、普通なら3~4時間で行けるところなんですが、地震で道がなくなったので迂回して、さらにその迂回路もたびたび崩れるんです。直しては車を通す、崩れては直す…を繰り返していましたから、現地入りするまで丸4日かかりました。現地も混乱していて、引渡しに3日、帰りは徹夜で2日。普通なら1日で終わる行程が、10日近くかかったんです。

被災地に設置された赤い救助活動指揮部の看板。
土砂崩れ現場で道路復旧にあたる作業員と重機。

人と社会へのやさしさ

― 災害支援に関わって、今どのように感じていますか。

将:中国では、危険な被災地にはまず軍が入ります。なので住民は軍の人を見ると助けが来たと分かるんです。その次がショベル。「ショベルを見て安心した」と被災者の方に言われたのがうれしかったです。家を建てたり、道路をつくったりするのは「ワクワクすること」ですが、それ以外に、ショベルが人を「安心させるもの」という存在であることに感動しました。改めてショベルの存在意義を感じました。

徐:被災地では燃料が不足していました。同じ量の燃料なら、コベルコ建機のショベルは他社製品よりも長く動きます。それを考えると、見えないところでより貢献していると思えました。

程:私は大学を卒業してからずっとコベルコ建機グループでしか働いていませんが、普段から人を大切にする会社だと感じていました。それが震災支援のときに発揮されたと感じます。成都など近くの町を基点にして支援をした企業は多いと思いますが、現場に部品や機械を持ち込んで、泊り込みで建機のサポートに当たったのはわが社ならではじゃないかと思います。

将:コベルコ建機グループはもともと低燃費やエコなど、環境意識が高い会社ですが、私自身はあまり気にしていなかったんです。でも震災をきっかけに、人や環境について考えるようになりました。CSR委員会もできましたし、今後は何かあれば、もっと万全な体制で支援ができると思います。

インタビューに答えるスタッフ三名。

※部署名は取材当時