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コベルコ建機
TALK SESSION. 2

四川大地震からの復興 3/3:団結力と使命感で迅速な再稼働へ

多くのメーカーが工場復旧に難航した成都で、いち早く再稼働を果たした神鋼建機(中国)有限公司。
現場を牽引したリーダーたちが当時の様子を語った。

左から:神鋼建機(中国)有限公司 工場長 敬霊、常務 副総経理 李平、副総経理 李祥富

初めて経験した地震の恐怖

― 震災時はどんな状況でしたか?

李祥富:私は事務所にいました。ちょうど目の前が駐機場だったので、地震が起きた瞬間は機械の振動だと思ったんです。でも揺れが続いて、これはおかしい!と。地震だと気がついて急いで外に逃げました。池が波打っているのを見てゾッとしました。

  敬:揺れたのは、日本人スタッフと一緒に打ち合わせをしている最中でした。地震の体験がなかったので、車がぶつかったのかと。日本人が机の下に潜るのを見て、私も真似をしたのですが、建物がガタガタ揺れて怖かった。崩れるかと思いました。揺れが長く、あまりに危険なので全員野外に。結局、倒壊はなかったのですが、外壁が剥げ落ちたところがありました。

 李平:震災時、私は入院中で会社にはいなかったのですが、適宜、連絡や報告を受けていました。

仲間への配慮と連携

神鋼建機(中国)有限公司 工場長 敬霊

― 避難後の対応を教えてください。

  敬:まずは高い建物から離れたところに集まって、社員全員が揃っているか、怪我はないかを確認しました。余震が続いていたので動くのは危ないと判断して、しばらく待機。お互いにいたわりながら、2時間くらいでしょうか。その間に管理職が集まって話し合いました。

李祥富:電話もインターネットもつながらず、状況が全く分からなかったので、その場で対策チームをつくって、それ以外の社員は全員帰宅してもらいました。残ったのは各部署のリーダーと、設備の担当者、安全管理の担当者で、30人くらいですね。

― 安全に統率できましたか?

  敬:みんな慌ててはいましたが、一番最初の動きは自然に生まれたように思います。仲間の安全確認などは、指示しなくとも社員が互いにやり始めていましたね。それから全体で改めて確認すると同時に、二次災害を防ぐために工場のガスや高圧電源を切りました。

李祥富:取り乱すこともなく、団結のようなものがありました。帰宅後は、社員には一旦、3日間休んでもらい、家や家族、身近な人のケアをしてもらうようにして、その間に対策チームが状況把握と社内外の対応を進めました。

工場再稼働へのステップ

副総経理 李祥富

― 対策チームの動きは?

李祥富:翌朝から取り組んだのが、被災エリアの代理店やユーザーの被害状況の確認と、出荷済みの全機械の故障やトラブルなどの調査です。被災地では建機は命綱ですから最優先事項のひとつでした。

  敬:対策本部を体育館に設置して、交代で泊まり込みました。避難所も兼ねたので、怖くて家で寝られないという社員や家族も20~30人くらい泊まっていましたね。夜間のパトロールは、震災直後から6月上旬まで続けました。

李祥富:工場の復旧については、建物の安全を確認して、工場設備の安全と機能を調査・調整が主です。急ぎましたけど、丸2日かかりました。

  敬:一刻でも早くを目指しつつ、品質を保つ設備は特に神経を使いました。いかなるときでも品質を維持しなくてはいけないですから、設備メーカーからもスタッフを何人か派遣してもらって総点検。設置済みのものを調べるのは、新しく設置するより難しいのです。

メーカーとしての使命

常務 副総経理 李平

― 役員の立場から工場再開についての考えを聞かせてください。

 李平:被災地支援に建機はなくてはなりません。被災地に近いからこそ、被災地のニーズに素早く応えられるよう、つくり続ける必要があります。被災地の支援はコベルコ建機グループとして進めていましたので、我われは工場の再稼働に最大限の努力をしました。

李祥富:社員にも、工場としての責任や使命を理解してもらえるように働きかけ、どんどん士気が高まっていきました。“1台でも多く!”は社員の総意だったと思います。

 李平:また、震災時の最優先は人命ですが、生活の復興のためには経済的な復興が欠かせません。メーカーとして、工場を再稼働させ、経済活動を復旧させることは使命だと思っています。

李祥富:私は阪神大震災のときに日本にいたんです。そのとき神戸製鋼所は、自社の被災で一部製品がつくれないときも、他社から仕入れて、受注したものを納品しました。たとえ損失が出たとしても、通常に近い取り引きをすることで、経済を普通に回そうということでした。それも心に残っていました。

工場内で組み立てられる青い油圧ショベル。
ショベルの部品を組み立てる工場の作業員。

思いやりのある企業風土

― 改めて振り返ってみて、どう感じますか?

 李平:コベルコ建機グループは被災地支援もいち早く対応して、市からも表彰されています。社員が自主的に集めた募金もかなり大きな額でした。コベルコ建機グループの中にある団結力や、他者を思う姿勢を改めて感じています。

  敬:指示や連携はスムーズでしたし、一致団結して協力し合ったからこその素早い復旧だったと思います。社員同士の団結がさらに強くなったのは大きな財産です。

李祥富:直接的な災害支援ではないですが、工場として復興へつなげるための役割を果たすことができました。会社は被災した社員やサプライヤーにも援助をしていて、社内はもちろん関係企業や地域社会にも、配慮ややさしさがあります。

 李平:社内外からの信頼がより高くなったと感じますね。感謝の声も多くいただきました。加えて、社員に社会貢献への気持ちが強くなったと思います。震災を機にCSR委員会もできて、大学や小学校などへの支援が継続しています。これからも人や社会にやさしい会社として、地域と共存・共栄していきたいと思います。

出荷を待つ青い油圧ショベルの整列。

※部署名は取材当時